2003年1月18日(土)8:00 天候 晴天
とうとうこの日がやってきてしまった。16日から伐採作業開始を聞かされていたので子供達には毎日写真を撮るように言って出社して、帰ってきては切られていない風景を見て安心していたいたのだ。
ここ2日間は工事車両が出入りしやすいように山の上の部分をならしただけで工事は終わっていた。
この周辺はここ一ヶ月位、厚木市の土木工事関係者が下水道の工事に来ており、土曜日だというのに朝8時には工事を開始し始めた。
我が裏山は工事協定書により土曜日の工事はできるだけしないことになっているので、「今日は悲しい思いをしなくてすむなぁ」と子供達と朝食をとっていると突然けたたましい音が聞こえてきた。
「ギャー」私の耳には悲鳴としか聞こえないチェーンソーのけたたましい音だ。
「土曜日は工事しないはずなのでは・・・??」「協定書には極力としか書かれていない。」「とうとうその日が来てしまったか・・・」
と朝食をさっさと済まし現場に駆けつけた。
伐採作業をしている作業員の方々を恨むのは非常におかしいことで、彼らには何の責任もないが子供達の目には「死刑執行人」としか写らないだろう。
けたたましいチェーンソーの音と木々達の叫び声に呼び寄せられ近所の人達がどことなく別れを告げに集まってきている。
私も先週から、なんとかこの木々達の子孫でもいいから家の庭にでも移すことができないものかと策を練ったが、我が家の庭に移せるよな木は全くなく、ただ目撃者となるしか方法がない。
いろいろと業者との折衝を行ってくれた自治会の副会長さんが桜の木を切った後、公園に移動してくれるよう業者に交渉をしてくださったのがせめてもの救いだ。
子供達や老人達が集まる公園で、姿は変わったとしても「愛されていくことができる」と思うしかないのだろう。
死刑執行を見に来る人達の顔に、悲しみは隠せない。ただ呆然とみているしか方法は無いのだ。
子供達が重ねられている木々達から樹液がしたたってくるのを発見した。
近所のおじいさんが「木々達の涙だよ」と説明してくれていた。思わず目頭が熱くなった。
私は、幼いときから男は人前で「泣くものではない」と教育をされてきた。
しかし、その父はこうも言っていた。「大事な人が亡くなったときはその限りではない」と・・・・。子供達もおじいちゃんの言葉に涙を浮かべていた。
きっとこの自然を失ったことに対していつか人間は後悔するときが来るだろう。
しかし、それがこの木々達を失ったからだとは気がつかない。起きてしまったことはしかたない、死を迎える運命を変えることはできない。
しかし、我々には未来を変えることができるはずなのである。
今回の伐採作業が行われてしまったのは、反対するものの力の無さが原因だろうなぁと噛みしめながら木々の涙の写真を撮った・・・。
「木があることが迷惑だ!」という考えている人間もいると言っていた張本人がたばこを吸いながら現れた。
当然灰皿など持ってきているはずもない。ご近所つき合いは地域コミュニケーションの基本中の基本。
日本社会に悪がはびこらないためにも非常に重要なことなので「おはようございます」と大きな声で挨拶をして子供達をつれて家に戻ってきた。
次々と切り株だけになっていく。無惨に残された死刑執行を宣告した赤いビニールテープがあたりにむしり取られている。
桜の枝には、花をつけることができなかった枝にちいさな蕾ができてきている。
時間はあっという間に過ぎていく。けたたましいチェーンソーの音と木々達の叫び声が止まったと思うと昼食の時間だった。その間に、長男に前回のホームページに何が書いてあるか読んでほしいとせがまれ書いてあるそのままを読んで聞かせた。
長男は、感受性の高い子で読み終わった後から涙して「何故木を切らないといけないの?」と質問を繰り返す。昼食の間も、茶の間から見える残された木々達を見て涙が止まらない。
家族全員が声を詰まらせている。感情の行き場がない。息子達には1通のメールを読んで聞かせた。。
それは、厚木市の議員 又木京子さんからだ。別にここで彼女の選挙運動の手助けをしようとは思わないが妙に子供達を納得させ、わたしも納得したのでここで紹介しておこう。
「又木京子です。こんなに美しい環境をいとも簡単に壊してしまう政治や社会に長い間悔しい思いをしてきました。私が動けば、すべてうまく行くとはいえませんが、何とか智恵を働かせる事は出来ると思います。例えば1本の木を切ったら、別なところに2本植える、こんな緑保全の政策があったらいいのかもしれません。これなら、条例で定める事ができます。以前川崎市長選を手伝ったとき、政策を検討していたら、ある学者さんが、票の数だけ、4年間に木を植えるのはどうだろうと話をしてくれました。チョット突拍子もない政策ですが、上記の政策なら可能です。厚木地球温暖化防止条例なんていかがでしょうか。検討して、市民提案してください。メールありがとうございました。」
(2003/1/16 01:56)
彼女と知り合いでも無ければ、何の因果関係もない。
ただ、ホームページを見ていただいただけである。
「こんな条例が生まれたら、この工事業者や施工主は40本以上の木を伐採したのだから80本以上植えなければならない。」
「こんな世の中になると地球温暖化もなくなるかもしれない。」
「開発と保護」ってものすごい難しい問題で、きっと世界中でこんなことが毎日起きている。
「難しいから関わらない」ではなく毎日自分ができることを少しずつやっていくことが重要だ。
子供達のために、孫達のために・・・
15時。けたたましい音が止まった。
「とうとう桜の木の順番が来たのか?」と外に出てみると今日の工事は土曜日と言うこともあってここで打ち切りとなったのだ。
上の写真はまさに同じ時間の使用前、使用後だ。先週の写真と今日の写真。日曜日は工事をしないということだからあと1日命が延びたことになる。我々はこの2日間最後に桜に別れを告げよう。40年間ありがとう!
みなさんが楽しませてくれたこと僕たちは一生忘れない。僕たちがこの地に住み続ける限りその場所がどう変化していこうと僕たちの孫子に伝えようと思います。ここには、昔 素晴らしい桜の木があった ということを。いとこが遊びに来たら、この写真を見せてあげます。もっとこの林で探検ごっこしたかったんだよ。もっとこの林でカブトとりたかったんだ。もっとクワガタとりたかったんだ。蝉の幼虫もたくさんいた。鳥だって数え切れないぐらい飛んできてたんだよ。夏は涼しいそしておいしい風を運んでくれたんだ。
かわいそうな結末になってしまったけど僕たちは忘れない。あの桜吹雪を、あの緑を・・・・・・本当にありがとう!

月曜日にはこの5本の木々達を最後に死刑にしてしまうことだろう・・・。
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